世界と日本のKYCの現状と課題
マネー・ローンダリング(以下、マネロン)はじめ金融犯罪対策の規制が世界中で複雑化しています。しかし、厳格で複雑な規制要件を継続的に満たすことと顧客満足度を高めることとは時に相反することがあります。進化するKnow Your Customer (顧客確認のこと、以下、KYC)要件に必要なデータが増えれば増えるほど、顧客体験に摩擦が生じます。
FATFが2023年10月23日に公表した「対日相互審査フォローアップ報告書(第2回)」では、2021年の対日相互審査報告書で指摘されたコンプライアンス上の不備解消に向けた日本の取組みについて、マネロンやテロ資金供与への対策強化に向けて数多くの措置を講じたと評価しました。しかし、データ管理と顧客体験に関しては、データの断片化、非効率性等により、依然として課題を抱えています。
Fenergo(読み フェナーゴ)は、2023年9月から10月にかけて、イギリス、米国、オーストラリア、シンガポール、ドイ ツ、日本において、国際業務/法人取引業務を行う銀行の1,164人の最高運用責任者(COO)、最高コンプライアンス責任者(CCO)、最高リスク責任者(CRO)、最高情報責任者(CIO)等の経営層を対象に 、KYCおよびAML業務の取り組みを調査し、「KYC 2023年10月調査 国際的課題が深刻化する中でのKYCへの取り組み Fenergoによるグローバルリサーチレポート」をまとめました。このレポートでは、変化する規制環境のトレンドと2023年以降に銀行がいかに課題を乗り越えられるかを解説しています。調査レポートから、世界の動向と日本についていくつかの考察を紹介します。
停滞するKYC
本調査によると、グローバルにおけるKYC審査1件あたりの平均費用は、前回(2022年実施)の当社調査から17%増加し、2,598ドルに上昇しました。世界的には金融機関での業務プロセス合理化には大きな進展がないことが見て取れます。手作業への依存がオンボーディングに要する時間やリソース、コストに影響しています。手作業は、人為的ミスや規制違反の潜在的なリスクも高めています。
マクロ経済の逆風により、世界ではテクノロジー投資の優先順位が変化
本調査によると、グローバルでのテクノロジー投資の優先順位は、「金融犯罪リスク」が前回調査の2位から3位(35%)に後退し、「情報・サイバーリスク」(37%)と「オペレーショナルリスク」(36%)の下位となりました。一方、日本では、「情報・サイバーリスク」を筆頭に、「金融犯罪リスク」が引き続き注視されています。金融機関はオペレーショナルリスクを最小限に抑え、市場の下落や変動に耐える準備に注意を向けています。こうした厳しい時勢では、金融機関は顧客のリスクを緩和し、顧客との軋轢を生むことなく預金を増やし、適切な自己資本比率を確保することが重要です。
世界と一線を画す日本のKYCの実態
本調査で明らかになったことは、 日本の銀行はKYC管理の効率化を進め、コスト効率の高いプロセスを実行しているということです。前述の通り、FATFが2023年10月23日に公表した「対日相互審査フォローアップ報告書(第2回)」では、2021年の対日相互審査報告書で指摘されたコンプライアンス上の不備解消に向けた取組みについて一定の評価を与えました。日本ではマネロン防止のために行動検出やルール・分析を含むAI活用が優先されています。一方で、KYCコンプライアンスおよび顧客オンボーディングでは、データ管理と顧客体験に関する課題を抱えています。
KYC人材減少の影響
リスク管理やコンプライアンス関連部門は、世界的な人材不足に直面しています。この現状が、グローバルにおけるKYC審査期間の長期化やコストの高騰を招く一因となっている可能性があります。グローバルでのKYC関連の平均従業員数が減少した要因は、技術の進歩による効率化や、スキルを持つ人材の不足が挙げられます。さらに、金融犯罪防止に関わる運用リソースをアウトソーシングする金融機関が増加していることも、従業員減少やコスト増加の一因である可能性があります。このことは、フルタイム従業員を適正な規模で維持しながらも、効率化やコスト抑制のためにテクノロジー投資が必要であることを示しています。
オンボーディングの長期化が顧客との関係や成長に与える影響
本調査によれば、日本では、銀行の49%が非効率的で遅いオンボーディングのために顧客を失ったことがあり、それに伴う収益が失われています(下図)。KYCコストの上昇、オンボーディングの長期化、顧客離れの増加は、成長の停滞を示唆します。成長は、多くの金融機関が経験しているデジタル変革の遅れによっても妨げられています。レガシーテクノロジー、銀行の金融仲介機能の低下(ディスインターメディエーション)に関する経営層の懸念、つまりデジタルファーストの銀行や暗号通貨の脅威がテクノロジー投資の決定に影響を与えています。米国では多くの企業がレイオフを発表していますが、金融機関は少ないリソースで課題を解決しなければなりません。
時間を要する非効率的なオンボーディングが原因で顧客を失ったことがありますか?
人工知能の導入
多くの銀行は、金融犯罪リスクの検出や防止などビジネス機能を自動化する人工知能(AI)や機械学習(ML)の可能性を探求しています。AI/MLの活用について、日本では「行動検出」(58%)、「ルール・分析」(56%)、「ケースマネジメント」(44%)が重要な優先事項となっています(下図)。AIは、時間とリソースを大量に消費する人手によるKYCプロセスを自動化することで運用コスト軽減を可能とします。反復的な作業負担を軽減し、金融機関のヒューマンエラーの発生リスクを低減します。また、従業員体験が向上することで、人員リソース不足の現状において人材確保・維持にも役立ちます。金融サービス業界では、競争上の優位性を提供するために、AI/MLを統合し効果的に活用する動きが見られます。
金融犯罪リスクの効率的な検出・防止を目的としたAI/MLの導入機能
調査結果の詳細は 「https://resources.fenergo.com/jp/reports/kyc-in-banking-data-2023」でお読みいただけます。ぜひダウンロードください。